

テストラッシュの果てに、看護学校の一大イベントに参加してきました!
はじめはそんなたいしたモンとは思ってなかったんですが、テレビ局もくるやらなんやらで割とすごい;;
主役のハズの自分がのまれてしまいそうでした。
式中、ナイチンゲールの顔ばっかりみてたのですが、どうも顔が動いてるような気がしてました
上級生からのことばでこれから大変だよ、帰りの車のなかで母親がめげるなよ、など頑張れがんばれのオンパレード!
うん、がんばらなきゃね
上級生からもらったバラの花みてるとなんかちょっとそう思えてきました。
今まで、看護より絵に傾いてた私。
絵に真剣に向き合ってる人、看護に真剣に関わっている人に申し訳ないくらいにどちらも中途半端。
小学校くらいから漫画家とか絵に関係した仕事をやりたくて、でもなんとなく才能のなさに気付いてこれじゃだめだと思っていました。平々凡々でとりえのなくセンスもないぞってことって認めたくなくてもわかるもので、でも、絵を描くことは私のしゅみというかいきがいでストレス発散法でもあるのでやめられない。
もうひとつ悩んでたのが人生経験のすくなさ。若くないとかけない、ある意味無知でないとかけない種類のものもあるけど、生意気ながら自分が尊敬できるものには必ずその作者の経験、しっかり筋の通った考え的なものを感じていたので、まずそういうものを持ちたいと思いました。
それなら原作者をたてて漫画だけかけばいいじゃないと思われるかもですが、自分でストーリーを左右したいし自分の伝えたいものをかきたいと思っていたので、それはむなしいかなぁと。
才能のないものは努力と経験で!みたいな持論というか、前向きになるために言い聞かせた言葉があって、その経験の方面で選んだのが看護でした。
看護を選んだのはほとんどなりゆきのようなものだったけど、今の自分を何とかしたい、鍛えられたい、絵しかなかった自分の中にもっといろんなものを詰め込みたいとおもったのがきっかけです。去年一回看護学校受験で失敗してから火が付き(単にくやしかっただけかも)人からは矛盾してる、向いてないとか、看護と漫画はある種、水と油の様なものだといわれたけど、自分の頑固さで押し切って入学しました。
入学してからは看護に染まっていく自分がこわくなりました。絵も前より描きたいと思わなくなった。絵を描くときはある意味それに陶酔しないと描けないし、周りをみるより自分だけの世界にはまりこまないと満足したものがかけない(自己満足の絵、という視点で。)でも、看護は客観的に自分や、さらに人まで見て行動しないといけないので何かを盲目的に信じられる甘えが許されない。
人の命って、尊くて、さらにどんなものより重たくて簡単に手をだしていいものじゃない。もちろん漫画(あるいはストーリーのあるものをぜんぶ含めて)と共通している部分(厳密に言えばエンターティメントを除いたそういったもの)と看護は豊かな人間性が必要な面では似てると思うけど、それって基本的には全部の職業に言えることで・・・ぅ〜ん
どんどん違いを思い知らされていきます。でも、なにごともアブ蜂とらず!(この言葉最近マイブーム 笑)で2コのものを追いかけてもだめなので・・・今は看護のほうに重心を置く決意、そういったものを戴帽式で求められた気がしました。
だから今は絵を趣味として捉えます。活動を少なくするとかそういうことではないんですが、あくまで取り組む姿勢として^^^19日のコミライも参加しますし。
まだ、結論はでてないし結局こうするんだ!って具体的には答えがでてなくてぐだぐだだけど、先生曰く結婚式の次に大事な戴帽式に出ていろいろと考えさせられました。
そんなぐだぐだ日記をここまで読んでくださってありがとうございます^^^